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2007年 03月 02日
昨日書いた、日本統治時代の学校の正門。左がヤップデー前(昨年5月)、右が今日。門の奥のジャングルを何ヶ月もかけて切り開いて、今回の会場が作られた。広場のほかにも休憩スペースや駐車場、ゴミ捨て場(巨大な穴)も作ってある。 今年のヤップデーでは、USピースコー(アメリカ版協力隊のようなもの)と一緒にブースを出し、日本の水風船(ヨーヨー?)をやった。子どもたち、こういうものは初めてのようで、300個の水風船があっという間になくなった。 初めは来る子どもも少なくて、和気あいあいとやってたんだけど、だんだん子どもたちがアリのように寄ってきて、何とかズルをして風船を手に入れようとする悪ガキと、絶対に取らせまいと秘密の細工を施す大人げない大人たちの醜い争いとなった(笑)。 一人で7つも8つも取っている子がいて、「そんなに取ってどうするの?」と聞いたら、「これは友達のぶん、これは小さいいとこのぶん・・・」という答え。独り占めしないところが偉いねぇ。ちょっとした日本の露店気分で楽しかった。 (水風船セットを日本から持ってきてくださったMさん、ありがとうございました!) ヤップデーのプログラムが佳境にさしかかったころ、ちょうど水風船が全てなくなり、みんなでダンスを見て、ヤップデー終了。 前回よりも全体的には簡素化されていたように思う。プログラムの数自体も前回より少なめだったし。でもブースがあったからだろうか、2年目だったからだろうか、去年よりもヤップデーを満喫できた気がする。 #
by kenji-yap
| 2007-03-02 20:34
2007年 03月 01日
ヤップ島最大のイベント、ヤップデー。今年で39回目だそうだ。今年の会場はガギールのマキという村。ここは日本統治時代、日本の学校があった場所で、今回の会場のすぐ横には、当時の門の跡や校舎の土台(コンクリート)が残っている。
ヤップデー会場案内板。かわいい。 朝9:30開始。プログラムはけっこう盛りだくさん。 例えば・・・ ○開会式(これは当たり前か。) ○ロープ結びテクニック披露 ○地元料理披露 ○ココナッツオイル作り披露 ○バスケット編み競争 ○カゴ作り競争 ○竹いかだ作り競争 ○お手玉競争 ○槍投げ競争 ○ココナッツ皮むき競争 ○エッセイコンテスト などなど。聞いただけで面白そうでしょ?各小学校から代表者が出てそれぞれの技を競ったり、いろんな団体がブースを設けてデモンストレーションをしたり。この中でエッセイコンテストって、ちょっと毛並みが違って浮いていると思うのは僕だけだろうか。別にヤップデーで文章力競わなくても・・・。 それらが一段落すると、いよいよ伝統のダンス。 女の人のダンス。 男の人のダンス。 ヤップのダンスは、その衣装といい声といい動きといい、世界中のどのダンスとも種類が違う、独特なものだと思う。すべての踊りには物語があって、ヤップの古語のようなもので語られているが、僕にはもちろん内容は分からない。でも、新しいものが次々と押し寄せてくるこの時代、50年前も100年前も、衣装をはじめ全てがほとんど変わらずに踊られているというこの事実に、僕は敬意を感じずにいられない。昔のダンスの写真とか見ても、今と一ミリも変わってないんだもん。ほんとにすごい。ヤップって。50年後も100年後も、同じ衣装で、同じ声で、同じ動きで踊られていることを願う。 事前に渡されたプログラムを見ると、ほぼ5分刻みのタイトスケジュール。こんなのできるわけないじゃん、と思ったらやっぱりできなかった。1時間半遅れ。途中のアナウンスも「みなさん、ただ今すべてが遅れてます。すみません。」みたいな。早く終わらせようと、2つの競技を同時進行でやったりするもんだから、女の子がバスケット編みやってる横で男の子が槍投げしてたり。まぁ遅れを取り戻そうとするだけでも偉いか。 明日も楽しみだ。 #
by kenji-yap
| 2007-03-01 23:28
2007年 02月 28日
2月最後の日。こう毎日暑いと、今が2月だか6月だか10月だか分からなくなる。日本で「今日って何日だっけ?」ということはあっても「今日って何月だっけ?」ということはなかったが、ここではけっこうそれがある。たまに「今って何年だっけ?」ということも・・・ん?これは暑さのせいではなく自分の頭のせいか?。いや、こんな頭になったのも暑さのせいだ!ということにしておこう。
そんなことはさておき・・・ 今週は木・金曜のヤップデーとその準備のため、学校はお休み。道の掃除をしている子やダンスの練習をしている子を見かけた。観光客らしい人々も目につくようになった。島全体がヤップデーに向けて動いているのが分かる。 その中で僕はというと、やっと荷物整理を始めた。たった2年間、されど2年間。日頃からあまり物を増やさないようにしていたけれど、いざ整理し始めると結構な量だ。 荷物は、ほとんど日本語クラスに寄付するか、知り合いにあげてしまおうと思っている。持って帰るもの(帰国後すぐに使うもの)は早めに整理して、帰国前に日本に送っておかないといけない。 荷物整理の他にも、やることはある。ので、久々に「やることリスト」を作ってみた。日本ではこうやって仕事を箇条書きにして、終わったものから消していくのが快感だった。この気持ち、久々に思い出した。 ・荷物整理。 ・荷物送る。 ・教室の荷物整理。 ・JICAへ提出する最終報告書の作成。 ・校長へ提出する英文報告書の作成。 ・O先生への引継書の作成。 ・後任隊員への引継書の作成。 ・生徒に渡す写真レターの作成。 ・来週以降(2週間分)の授業準備。 ・銀行口座を解約。 ・最後の家賃を払って退室手続き。 ・隊員内の係の引継ぎ。 ・お世話になった人たちにありがとうとさようならを言う。 ・州政府に挨拶。 あ~しんど。でもこれはまだ一部で、他にも細々とした用事がいくつかある。こうなったら思いっきりデカい字で紙に書いて、終わったら思いっきり太い線で消してやろう。 ただし、最後から2番目の「お世話になった人たちに…」は、ヤップを離れる直前まで消せそうにない。一番時間がかかるし、時間をかけたい項目だ。 #
by kenji-yap
| 2007-02-28 16:51
2007年 02月 26日
昨日は日曜日にもかかわらず頑張って仕事をして、頭を使ってしまったので、同じくらい体も使おうということで、夕方から山に登ってきた。
山といっても、標高100メートルちょっとしかない「丘」。それでもヤップ島第2の高さだ。 途中、ヤップダンスの衣装を着けた子どもに出会った。今週末のヤップデーに向けて練習中なのだろう。 山は、サンダルでも充分登れるくらいの手軽さで、ふもとから眺めの良い頂上付近まで約30分。ちょうどいい散歩になる。 昨日は一日いい天気だったので、夕焼けもきれいだろうと思って、日没の時間に合わせて登ってみたのだが、ちょうど太陽が沈む直前に厚い雲に覆われてしまって、ちょっと残念。でもまたチャンス見つけて、登ってみよう。 そんなわけで、写真撮ったけどイマイチだったので、代わりにおととい家から見た夕焼けをご紹介。そっか、おととい山に登れば良かったんじゃん。 #
by kenji-yap
| 2007-02-26 07:04
2007年 02月 24日
合唱コンクール用のDVDを撮った。いわば今日が「本番」。
事前にDVDに練習風景を撮ってみて、自分たちの合唱を聴いて(見て)みる。みんな画面に釘付け。そして大爆笑。ほとんどの生徒にとって、ビデオで自分の動く姿を見たのは生まれて初めてだったと思う。ひたすら照れて、画面を直視できない子もいて、何だかかわいかった。 それでもみんなで「自分たちの合唱の良い点・改善点」を考えたりして、練習を繰り返し、今日に臨んだ。 いやー、この子たち、本番に強い!というのが正直な感想。 みんな、ほんとに生き生きと歌っていた。どのクラスも、今までのどの練習よりも良かった。 伴奏をしながら、「あ~、ここまでみんなほんとによく頑張ったねぇ」と心の中で何度も言った。 メロディーも分からず、歌詞を追うことさえできず、先の見えなかった練習序盤。 一方のハモリを教えればもう一方がそれにつられ、あきらめかけた中盤。 数分間立っていることも、下や横を向かないでいることも、彼らにとって信じがたいほど難しい、ということを悟って試行錯誤した終盤。 そして今日、みんなの歌は確かに「合唱」になった。ハモリは僕が当初考えていたものよりもシンプルなものになったし、発音もまだ改善の余地がある。それでも、日本人の合唱とはまた違う、彼らならではの味のある合唱ができたと思う。今、これを読んでくれている人みんなに、彼らの歌を生で聴いてほしいくらいだ。 各州での審査会を経て結果が出るのは来月だけど、どんな結果になっても、あんなに毎日しつこく日本の歌を練習したことと、それを今日あんなに生き生きと歌ったことは、飽きっぽく忘れっぽい彼らの心の中にずっと残るだろう。「教えた日本語が全部忘れられても残る価値を追求する」…出国前に言われたこと、少しだけ実践できたかもしれない。 #
by kenji-yap
| 2007-02-24 12:08
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